川越グリーンツーリズムの原点 元川越市役所職員山田範男さんインタビュー

日本中がバブル景気(1986~1991)に浮かれていた40年前。
当時川越市役所に勤務していた山田範男さんは、人口増と都市化が進行する中で、
子孫に残したい魅力ある川越の未来像を思い描きました。

それは『まちとむら』のあたたかな交流、農村と都市がゆるやかにつながる地域。
そのビジョンが川越市農業ふれあいセンター(1989年)の開設へと実を結びました。

今回のインタビューは、仙波町にある山田さんのご自宅で行われました。
お茶を囲み、果物をいただきながら、穏やかな語らいの中で聞こえてきたのは、川越の「これまで」と、静かに案じる「これから」でした。

まずは“気楽に”――お茶の席から始まったインタビュー

Q:今日はご近所の皆さんとおしゃべりするような感じで、気楽にお話いただければと思います。
山田さん:「かしこまった場所に行くと緊張しちゃうからね。ここでいいかなと思って。」

その一言で、場の空気が一気に和らいだ。
川越産のお茶と果物がテーブルに並びインタビューというよりも近所のおじさんと語り合うような雰囲気。

この“構えなさ”こそが、山田さんの人望の源泉と感じた。
過去の業績やご苦労を前面に出すことなく、あくまで生活者として、地域の一員として語る。
その姿勢が、後に語られる重いテーマをも、静かに、しかし確かな説得力をもって伝わってきた。

旅と温泉――「学生の頃から、露天風呂は好きだね」

趣味の話題から旅の話へ。
ミステリーツアーで羽田集合3泊4日、行き先は当日まで分からない――そんな近況が笑い交じりに語られた。

Q:温泉はお好きですか?
山田さん:「露天風呂は特に好きだね。学生の時代から日本中巡ったよ。これまで行った温泉は小さな風景写真を見ただけで、『…あの県のここの辺りだな…』ってすぐ分かるよ。」

その言葉には、単なる趣味以上の意味が滲んでいた。
身体で覚えた感覚、積み重ねた経験が、あとから地図のようにつながっていく――。
それは、山田さんの仕事観とも重なる。
頭で理解する前に、まず現場で感じ、現場を知る。そこから全体像を掴んでいく。
そんな姿勢が、この一言からも伝わってきた。

市役所での仕事の原点――福祉から農政へ、そして企画へ

山田さんのキャリアの出発点は、福祉の現場だった。
かつては福祉事務所が一つしかなく、限られた体制の中で、実に幅広い業務を担っていたという。

山田さん:「市の仕事として福祉にまずは関わった。保育所の関係だね。保育所の新設や増改築でいくつも作ったんだよ。」

保育所整備に携わり、地域の子育てを支える基盤づくりを経験した後、山田さんは農政へと移る。
さらにその後、企画部門へ。
市の周年事業に関わった時期は、山田さん自身にとっても大きな節目だった。

Q:その頃は何歳くらいですか?
山田さん:「40だね。36から40くらいが企画畑だったよ。」

Q:企画仕事は大変でしたか?
山田さん:「朝から晩まで。家には帰ってこなかった(笑)。でも、全部が思い出だね。仕事したよ。」

忙しさや苦労を誇張することなく、「思い出」として語るその姿勢に、仕事から逃げず「やり切ってきた」人ならではの静かな強さがにじむ。

川越の土地は「難しい」――調整区域と、できること・できないこと

農政の話になると、山田さんの言葉は一層具体性を帯びる。

山田さん:「川越は広いけど、調整区域が多い。開発できない区域(青地・青字と呼んでいた)もある。」

制度上の制約は、時に理想を阻む壁となる。
「本当はもっと何とかしたいけど、制度上なかなか難しい。そこをなんとかするんだよ」
その言葉には、諦めでも怒りでもなく、冷静な現実認識がある。

だからこそ、この「難しさ」は次に続く“工夫”の前提条件となる。
無理を通すのではなく、可能性を探す。制度を理解したうえで、その中でできる最善を考える。
山田さんの実務哲学を感じた。

400年の家、17代――家紋と堀が語る「水と守り」

話題は、やがて個人史から土地の歴史へと広がっていく。
山田家は、わかっているだけでも約400年、17代にわたって続いてきたという。

山田さん:「徳川の始まり頃、1600年あたりからの話になるね。」

さらに、お母さまの実家も伊佐沼に深く関わる古い家系だ。
屋敷の周囲を巡る「構え堀(お堀)」は、単なる景観ではなく、生活と防御の知恵だった。

山田さん:「伊佐沼から水を引いた。周りに水を引くことは、守りにもなるからね。」

家紋にまつわる由緒――伊佐沼の御屋敷に殿様が訪れ、「中が寂しい」と言われて加えられた意匠――もまた、土地と人との長い関係性を物語っている。


伊佐沼の記憶――蓮が一面に広がり、冬は蓮根を掘った

農業用水の供給地として伊佐沼は川越市東部の稲作地帯にはなくてはならない重要な場所。
入間川と荒川から取水される平地の沼では県内で最も大きな規模である。

山田さん:「昔は蓮がダァーとあった。水を引くと蓮根を掘る。売りにも行ったもんだよ。」

掘って食べ、掘って売る。
伊佐沼は「眺める場所」ではなく、「暮らしを支える場所」だった。
かつては今よりもずっと生活に近い存在だった。
その記憶が、山田さんの言葉から生き生きと立ち上がる。

都市と農をつなぐ――「交流の場が必要だと思った」

こうした原体験の延長線上に、農業ふれあいセンター構想、すなわち専用施設の建設や市民農園の設置構想があった。都市化が進む中で、山田さんは「街の人が入りやすく、その先に農がある」動線を思い描いた。

山田さん:「農村と都市、『まちとむら』の交流の場が必要だと思った。」
当初は理解されないことも多かったという。
しかし、補助金の調整、県との連携、沼の水が冷える問題への対策としての井戸掘削など、具体的な課題を一つひとつ乗り越えていった。

語られるのは理想論ではない。
「困りごとを、どう越えたか」。
そこにこそ、山田さんの言葉の重みがある。

未来への不安と希望――「世代がつながらないと続かない」

終盤、話題は「これから」へと向かう。

Q:お孫さんたちがこれからも川越で幸せに暮らす、どんな未来を想像しますか?

山田さん:「不安の方が多いね。どう進んでいくんだろうって。」

同席者からは、『せんばマルシェ』などを通じた「地域農産物の単価を上げる挑戦」や、世代を越えた仲間づくりへのトライ&エラー(反対意見や無関心)の話題も出る。

山田さん:「反対するのは簡単だよ。でもお互いに相手の立場を思いやって、理解することを諦めなければ、いつか芽が出てくる。時間はかかるよ。でも地域には、そういう役割を担う人がいないとダメだね。」

 

結び――“土地の記憶”を、次の世代へ

過去のアルバムや古い資料などを拝見しながら、あっという間にインタビュー時間は終わった。

行政の場で数多くの仕事を成し遂げてきたにもかかわらず、山田さんはそれらを自らの手柄として語ることはない。そこにあるのは、周囲への配慮と土地への敬意だった。

地域に根づく住民の複雑なこころの機微を知り、制度の壁と向き合い、工夫で道を作り、ひとりずつ協力者を増やし、形にしてきた人の「実務の哲学」だった。

最後に、山田さんは照れたように笑った。

山田さん:「べらべら言いたいこと言っちゃったよ(笑)。」

その“べらべら”の中にこそ、織り重ねられてきた地元の歴史と次の世代へ手渡すべき確かなヒントが、豊かに詰まっていた。

 

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